レジェンド№ 09GiveMeSport · 09.08QUOTE
エマヌエル・オリサデベがポーツマス移籍を「非常に悪い決断だった」と振り返った。2001年のバロンドールでジェラードやカフーの上に入った直後に、2試合で終わった移籍だった。
ポーランド代表としてW杯出場を導いたFWが、プレミアでの短い日々を語った。

元記事の要約
ナイジェリア生まれでポーランド代表に選ばれたオリサデベは、W杯予選9試合8得点でポーランドを1986年以来の本大会へ導いた。パナシナイコス時代の2001年にはバロンドールの候補に入り、18位タイでジェラード、カフー、ロベルト・カルロス、ブッフォンより上に並んでいる。
転機は2006年1月のポーツマス移籍だった。移籍金は6桁で、出場は2試合。その夏にフリーで放出された。専用の練習場が無く、ロッカールームの状態もひどかったと本人は語っている。
その後はキプロス、中国、ギリシャを渡り歩き2012年に引退。現在はナイジェリアに戻って住宅建設の仕事をしている。
本人の言葉1
It was a very bad decision to leave a club like Panathinaikos for [one] as small as Portsmouth.— エマヌエル・オリサデベ
訳パナシナイコスみたいなクラブを出て、ポーツマスみたいな小さいところに行ったのは大失敗だった。
原文は下の「ソース元」(GiveMeSport/2026/09/08)からの引用です。 「訳」は当サイトによる意訳で、話し口調に寄せています。発言の全文ではありません。